悩みなんてなければ良いのに。
誰もが、そんな風に思うのではないでしょうか?
私も、思春期あたりから悩んだり心配するのが癖になり、
今でもひたすら毎日毎日悩んでいます。
ただし、年をとるにつれて、少しずつですが対処できるようには、
なってきたかなと思っています^^;
それでも、昔から『悩みの多い自分』にとても悩んできました。(笑)
周りには色んな人がいて、
私のように心配性で悩みが多い人もいれば、
あっけらかんとして、悩まない人もいます。
悩みの多い人とそうでない人、
一体何が違うのでしょうか?
私がはっきりと言えるのは、
悩みが多い人とそうでない人、
相対的に「悩みの種」の数の違いによるものではないということ。
昔は、「きっと私の人生は、他の人よりも大変なんだ」
と思っていました。(笑)
特に、自分の過去に起こった不幸なことを思い出し、
「きっと、こんな辛い経験があったからこんな性格になってしまったんだ」
と考えていました。
確かに、多感な時期に辛い経験をしたことは、
今の自分に影響を与えているとは思います。
ただし、そんなの誰でも体験しうること。
大人になって色々な人の人生に触れると、
自分だったら悩んでしまってどうしようもない逆境を乗り越えた人たちが、
山ほどいることに気づきました。
今の自分になることを決めたのは、
環境ではなく、誰でもなく、自分だけ。
別に、悩むか悩まないかは、私の周りの現象にはさほど関係ない。
私と全く同じ経験をしたとしても、
それによって「発する」反応は人それぞれ。
環境や、周りで起こること。
それは、私たち自身を何も定義しない、ということ。
それはただの「きっかけ」であり、
その後どんな行動に出て、何をしたかは、全て自分自身の決断。
そう思って腹をくくると、
逆に楽になりました。
だから、悩みの多い自分は、環境のせいでも誰のせいでもない。
自分で決めてこうなったことだから、
自分で決めて変わることが出来る。
そう確信しました。
さて、悩み、そのものの正体ですが、
それではなぜ、私たちは日々、これらに惑わされるのでしょうか?
実は人間は、本能的に悩みを探しています。
今のように安全に生きられなかった太古の時代に、
ぼんやりして猛獣に食べられて全滅しないよう、
脳は常に警戒するべき対象のものを探していました。
今の日本では、その時代に比べると生命の危機に直面をすることが少ないですよね。
そうなると、悩みの種類はより高度になっていきます。
高度になるから、解決も難しい。
「同僚に嫌われているんじゃないか」
と悶々と悩んでも、
エスパーでない限り、答えを出すことは難しい。
こんな、「答えの無い問い」を探して、
一体どれだけの時間を無駄にしているでしょうか?
結局、悩みの多くは「どれだけ考えても、納得のいく答えが出せないもの」
ではありませんか?
色々想像を巡らせても、
結局納得のいく結論がでない。
自分で無理やり答えを出しても、
自身がないから、またすぐに考えだしてしまう。
私は、とにかくこの「答えの無い問い」を延々と続けていた自分に気づき、
10分以上考えて答えが出せないものは、考えるのをやめました。
「これ以上考えても、答えは出ない」と切り捨てて。
少し長くなってきたので、続きは、第二弾にて…☆
今日も、皆さんの生活が安らかでありますように…。
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悩みの正体①~幸せに過ごすために~
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