「必要」と「大事」

「あなたが必要」と言われること。
少し嬉しい気持ちになるかもしれない。
でも、「必要」って本当に良い感情なのかな?と思う。
私の中では「必要」は依存に近いイメージで、
だから人に対して「大事」と思うようにしている。
ものに対しても同じ。
「これが必要」と思うものが増えれば増えるほど、
「幸せになるための条件」が増えていく。
でも「これが大事」と思うものが増えれば増えるほど、
人生はひとりでに豊かになっていく。
個人的な話、
私のこれまでの人生は、
「必要」をいかにそぎ落として、
「大事」と思える人やものをどれだけ増やすか…
という作業をしてきたように思う。
フィジーに住んでいたときは、
「最悪ここにいれば、お金がなくても生きていくことができる。
日本からの片道チケットを買うだけのお金さえあれば、
食べものはたくさんあるから何かあっても死ぬことはない」
と思えて、
私にとってお金は「必要なもの」ではなく、
たくさんあったら嬉しい「大事なもの」に変わった。
(フィジーはシェアする文化がすごいので、
個人的にはフィジーで飢え死にすることは不可能だと思っています)
サイクロンが直撃してライフラインが途絶えたときは、
水は絶対に「必要」だけど、
電気はなくても最悪生きていける、と思った。
そうしたら、私にとって水以外のものは、
「大事なもの」に変わった。
(時間が経つとまたひとりでに「必要」なものが増えていってしまうけれど…)
人に対しても、人生でのたくさんの種類の別れを経験して、
「必要」な人はいない方がいい。
でも、「大事」な人はたくさんいた方がいい。
と思うようになった。
だから「あなたが必要」と言われると、
少し居心地が悪く感じる。
「あなたがとっても大事!」
と言ってくれる人と、一緒にいたいなぁと思う。
みんなが何も必要としないで、
でも周りをとても大切にする。
そんな世界が実現できたら、
愛があふれる素敵な世界になるんじゃないかな、なんて思う。
今これを書きながら気付いたこと!笑
ホ・オポノポノの本で時々「愛」か「恐怖」か、
どちらの気持ちから行動している?
と問われている。
愛=大事、恐怖=必要
というイメージに近いのかもしれない。
あなたは、今自分の周りにあるものや人、
どれが「必要」でどれが「大事」ですか?
一緒に「必要」を減らして、
「大事」を増やしていけたら良いなぁ…
と思う、今日この頃です(´▽`)ノ

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